艶やかな漆に浮かび上がる金の模様。自然の情景をただ描くのではなく、背景となる黒の画面を存分に生かし、漆黒と黄金がうみだす華麗な世界が「蒔絵」です。蒔絵は、日本独自に発展してきた技法で、奈良時代には完成していたと言われています。
蒔絵は、漆器製造の最終工程で、生漆(きうるし)を用いて絵や文様を描きます。金を蒔くから「蒔絵」と言われ、金粉の種類や蒔き方で、平面に見事な奥ゆきが生まれます。「金蒔絵は明るいところでその全体を見るものではなく、模様の大半を闇にかくしてしまっているのが言い知れぬを催すのである。ひとつの灯影を此処彼処に捉えて、細く、かそけく、ちらちらと伝えながら、夜そのものに蒔絵をしたような綾を織り出す」とは、谷崎潤一郎によるもの。谷崎潤一郎もまた、蒔絵の美しさに魅せられたひとりです。
今回の特集では その蒔絵の世界を存分に愉しむことができる 椀ものを揃えました。椀は、蓋を開ける前の優美な景色や、蓋を開けた時に広がる蓋の内側の景色など、愉しみ方は様々です。ただ文様が綺麗なだけでなく、何をどのように器に描いていくか、器全体でひとつの物語をつくっています。意匠にそれを描いた人々の想いが物語られているのです。ひとつひとつ違う絵柄の椀の中に、物語を探してみませんか。