2010年4月2日

選・文:田中敦子 撮影:SAJI(EPLP)

箱根寄木細工 露木清勝さん(露木木工所)

寄木細工は家内工業が多いのだが、露木木工所は、四代目となる長男の清高さんを含め、10人の従業員がいる。露木さんのがんばりで、お土産では終わらない寄木細工を生み出し、販路を広げているからこそだろう。

木工の長い歴史があればこその寄木細工

 露木木工所の創業者である露木清吉氏は、箱根寄木細工発祥の地、箱根町の畑宿生まれ。ここで、寄木細工の創始者である石川仁兵衛氏の孫、仁三郎氏に師事した後、小田原市内の早川で、独立したという。大正15年(1926年)のことだった。
 箱根が寄木細工の本拠地というイメージがあったから、畑宿を中心に寄木細工が広まり、小田原も範囲内になっていったのかと思っていたが、
「実は、このあたりは平安時代から木工が盛んで、お椀などの挽き物は、ここが本拠地なんですよ」
とは、露木木工所の三代目で木工家でもある露木清勝さん。
 もともと箱根は材木の調達地。その麓である小田原で、木工が栄えたのだ。露木木工所の創業の地であり、今は寄木ギャラリーになっている早川の周辺には、平安時代より木工業者の信奉を集めた紀伊神社もある。木地挽きの祖・惟喬親王を祀る神社で、土地の人からは「木の宮さん」と親しまれているそうだ。
 木工の長い歴史があったからこそ、寄木細工という新しい発想が江戸時代に生まれ、飛躍的に発展したのだろう。そして、露木家の初代が創業の地として早川を選んだのも、確かな理由あってのことだったのだ。

静岡の寄木技法の導入で今の姿に発展

 露木さんのギャラリーでは、現代の作品だけでなく、初代清吉氏、二代目清次氏の作品や、また江戸時代の初期寄木作品も見ることができる。  訪問した際には、江戸時代末期に作られたというシンプルなお盆が展示されていた。乱寄木に細かい単位寄木が象嵌されている。

「初期の箱根寄木細工は、このタイプが多いんです。五ミリほどの厚みの部材を寄せていて、漆塗装もしています」
 漆塗装してしまえば、樹木それぞれの色の差異はわかりにくくなる。
「当時は、色よりも、模様の面白さで喜ばれたんでしょうね」
 実はこのお盆、『Nipponと暮らす』4月号で紹介している角盆(※1)のヒントになったもの。いにしえの作品が持つ普遍的な造形美に、現代の暮らしに感覚と取り入れて生まれた、温故知新の作なのだ。

 では、現在のような〝小寄木〟と呼ばれる連続模様が生まれたのは、いつ頃なのだろう。
「寄せた木を薄く削れる鉋が発達した明治に入ってからのようです」
と露木さん。
 箱根の寄木細工は、東海道を往来する旅人たちの土産物として広まった。一方、当時の静岡では、小寄木で家具を作っていた。地理的にそう遠くない静岡の技法が箱根に伝わり、しかも大鉋という広い面を一気に薄く削ることができる鉋が生まれたことで、ズク作りと呼ばれる、薄く削った経木状のものを木箱に化粧貼りする寄木細工が誕生したのだった。
「ズクっていう呼び名には二説あるんです。ひとつは、鉋屑のクズを、逆さにしたというもの。もうひとつは透けるように薄い〝透く〟が訛ったという説。どっちでしょうね」
 職人仕事は口伝が多く、文献として残ることは少ない。露木さんは、埋もれた寄木細工の歴史をもっと調べていかなければいけないと、考えている。
「それにしても、江戸時代の寄木細工はすごいですよね。見てください、この寄木に使っている部材の薄さ。今みたいな鉋がなくて、よく削っていたと思いますよ」

削って削って、寄せて寄せて。

 露木さんに、ズク作りの実際を見せていただいた。
 製作する寄木の模様が決まったら、必要なパーツの形に荒く丸鋸盤で削るところから始まる。ここは機械の手を借りるが、その後の作業は、ひたすら手仕事だ。シンプルな伝統柄である鱗文を寄せてもらったのだが、鱗を表す二等辺直角三角形が連続するこの柄は、まず部材を機械でカットしてから、手鉋でさらに整えるという二段構え。白と茶色の二色の三角形の底辺同士を合わせて接着し、正方形にする。

「これをゴムで固定して乾燥させます。これをまた組み合わせるんです。二つ、四つ、八つ、とどんどん張り合わせてブロックを大きくし、ズク作りのための種板ができるわけなんです。部材作りを丁寧にしているのは、そうしないときれいな連続模様にならないからなんです」

 なんという地道で繊細な作業。
「ほとんど手仕事ですからね。根気は必要ですよ」
と露木さんは、にこやかに言う。
 柄には緻密な計算を必要とする複雑なものもある。多色使いのものもある。間違えることはないのだろうか?

「ありますよ。削る段になって、しまった、ということも。でも、そこからまた新しい発想が生まれたりもしますね」
 露木さんは、伝統の寄木細工だけでなく、現代の暮らしに根付くクラフト的な作品も多く生み出している。伝統にしがみついていては寄木細工の未来はない、という気持ちが若い頃からあったのだ。そのために、さまざまなアートに触れるなど、感性を磨いてきた。
「寄木細工は、柄の幾何学構造が分かった上でないと造形を考えにくいので、デザイナーでは難しい部分があるんですよね」
 実際に手を動かし、失敗しながら、寄木の本質を理解している露木さんだからこそ考えられる作品は、お土産の域を超え、幅広い層に支持されている

ズク作りとムク作り

 おそらく多くの人は、箱根や小田原のお土産店で、ズク作りのお盆や茶托、文箱などの小物を見たことがあるはず。もちろん、忘れちゃいけない、パズルめいた秘密箱も。
 これらの品々に見られる寄木模様は、鱗、市松、麻の葉、矢羽根、毘沙門亀甲、紗綾型、青海波など、日本の伝統文様だ。
 寄木細工そのものは、海外にもあるけれど、これほど文様のバリエーションがあり、しかも薄いズクにして木箱に貼るアイディアは、箱根寄木細工独特のもの。
「もともと箱根は樹種が多彩なこともあり、木工芸が盛んな土地。木工の端材がたくさん出ることから、寄木細工を思いついたんでしょうね。ここからさらに、材料を有効に生かすアイディアとしてズク作りが生まれたんです。頭いいですよねえ」
 模様のヒントは着物。寄木に応用しやすい小紋の連続柄が好まれた。その多くは吉祥を意味するもの。縁起もよく、お土産品にはぴったりだったのだろう。値段も抑えめですむ。が、最近は、お土産的なズク作りとはひと味違う高級感やモダンさをもつ、ムク作りの寄木細工も増えている。
「部材を寄せた種板を轆轤挽きしたり、カットしたりするのがムク作りです」
 もともと木工の長い歴史を持つ地なのだ。お椀などを手がける木地師の力を借りて、お盆やボウルなどを製作。値段は相応になるが、木の存在感たっぷりの作品は、寄木の可能性を広げる力を持っている。

すべて天然自然の樹木の色

 箱根寄木細工で驚かされるのは、模様を構成する木の色が、すべて天然自然の木の色だということだ。かつては身近な樹木を使っていたが、箱根が国立公園になったこともあり、みだりに伐採できないことから、今は国産材に加え、外国材も一部使っている。
 基本は、木目の詰まった広葉樹。針葉樹は、夏目と冬目があり、使いにくいという。色を求めて東南アジアやアフリカの木を使うことも。
「でも、国産材のほうが使いやすいですね。朴の木とか桂とか。外国材は目が粗くて、薄く削るのが大変なんです」
 黄色はニガキや漆、白はミズキやマユミ、黒は桂神代、青は朴の木など。茶色い樹皮に覆われた表からは見えない木の個性。
「赤はアフリカの木でハドゥク。日本には赤い木がなかなかなくて、昔のものでは時折赤く染めた木を使ったものも見受けられます」
 なお、神代とは、埋もれ木のことで、ほかにケヤキやクリの神代もある。

 露木木工所の工場は、現在、小田原市内の酒匂川沿い、木工団地の中にある。団地内には木工塗装の会社もあり、仕事効率がいい場所だ。二代目のときにここに移転し、機械も導入した。寄木細工は家内工業が多いのだが、露木木工所は、四代目となる長男の清高さんを含め、10人の従業員がいる。露木さんのがんばりで、お土産では終わらない寄木細工を生み出し、販路を広げているからこそだろう。

 工場の向かいには倉庫がある。寄木細工の部材になる材木のストックヤードだ。中を見せてもらった。板状のさまざまな木がところ狭しと立てかけられている。露木さんは、「これはニガキ、あ、これは桂神代です」と板を撫でながら教えてくれる。作業の時は集中で引き締まっていた顔が、ゆるりとほころぶ。
「この板のすべてを使うのではなく、赤太と呼ばれる芯のほうの古い部分を使います。若い白太は捨てるんです」
 でも、捨てるには惜しく、露木さんはずいぶんと貯めてきた。何かに使える。そんな気持ちからだった。そして、この春とうとう日本クラフト展で、白太使いの作品を発表した。
「ずっと何かに使えると思いながら使えなかったんですけど、白太は色に変化があって面白いんです」
 一度形にすれば、そこから始まるコトがある。寄木細工の創始者である仁兵衛さんが端材を生かそうと寄木を思いついたように、露木さんもまた、捨られる運命の材を惜しみ、実用化させた。これこそ、箱根寄木細工が受け継いできた心なのだと思い知る。

  • 【株式会社露木木工所】
    1926年創業、箱根寄木細工の木工所。現在、三代目の露木清勝氏が代表を務め、伝統的な寄木細工をベースに、四代目の清高氏とともに、新時代の寄木細工を提案している。

  • 寄木に使う材をストックした倉庫の中で、木の説明をする露木清勝さん。これらの木それぞれに色があり、寄せて、鉋やヤスリ掛けし、塗装することで、冴え冴えと色が表れる。自然の色は、人の手により輝きを得ているのだった。

この記事は、2010年にTHE COVER NIPPONのオンラインマガジン「Nipponと暮らす」として掲載した記事を再編集したものです。

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