オンラインマガジン-日本各地の職人を訪ね、Made in Japanのものづくりの現場をご紹介しています。
「職人なんて、死んだときに『あの人はいいものを作ってたな』と言われれば一人前だったということじゃないですか?」小さい頃から錫器作りの仕事を見て育ってきてこの道を自分なりにやってたという今井達昌さんの言葉は、まさに職人のそれだ。
コートの襟もとを冷たい風が駆け抜ける初秋の頃。家に帰り、冷えた体を温めてくれる一杯の燗酒-。日本酒の旨味が喉もとを通り過ぎれば、体の芯が緩やかにほどけていく。そんなほっこりした時間をさらに美味しく演出してくれるのが錫の酒器たちだ。古くはエジプトの遺跡からも発見されており、人と錫の付き合いは紀元前に遡る。何千年もの長い歴史のなかで私たちの生活とともに生きてきた錫の器を現在も精力的に作り続けている大阪錫器株式会社の今井達昌さんにお話を伺った。
江戸時代から続く大阪錫の歴史
日本に錫が伝わったのは約1300年前の遣隋使まで遡る。日本の歴史のなかで錫器と宮中の関わりは深く、宮中のお神酒徳利は昔から錫製を使用。いまでも宮中ではお酒のことを「おすず」と呼ぶという。そんな錫器の全国シェア60%強を誇る大阪錫器株式会社の創業は江戸時代後期にまで遡る。創業の当時はどのような流れで製造がはじまったのだろうか。
今井さん「創業当時のことは実ははっきりわかっていません。そもそも錫器の製造は京都で根付いて、その後、大阪に伝わりました。なぜ大阪に伝わったかというと、やはり当時の流通は大阪が中心だったことが理由ですね。」