オンラインマガジン-日本各地の職人を訪ね、Made in Japanのものづくりの現場をご紹介しています。
その土地の持つ力を感じる織物がある。それは結城紬の取材を通して強く感じたことだった。
日本では各地で紬(つむぎ)が織られている。その色や柄、風合いは産地によって様々で、北で織られる紬には寒さのなかで生まれた暖かさがあり、南で織られる紬には南国ならではの爽やかさがある。結城紬は茨城県結城市を中心とした地域で作られている。経糸・緯糸ともに真綿から紡いだ紬糸を使い、手紬ぎ・地機(じばた)の伝統的な手法で織られた紬は、国の重要無形文化財に指定されている。創業明治40年という歴史を持つ奥順株式会社の奥澤武治(たけじ)さんにお話を伺った。
結城の町で生まれ育った紬の文化
JR結城駅から奥順株式会社まで徒歩10分。歩いているとあちこちに昔ながらの風情が残る蔵や建物が立ち並ぶ。引き戸が開かれた商店ではご近所さんがお茶をしながらおしゃべりをし、空き地では子どもたちがキャッチボールに夢中。ついついお邪魔してお茶仲間に加わりたくなるような風景のなかをのんびり歩いていると、こちらも立派な蔵が建つ奥順さんに到着した。
蔵を改造した奥順の資料館「つむぎの館」。
奥澤さん「私たちは本家から数えると10代目にあたります。ここ結城の町は養蚕業が盛んだったことから紬の文化が生まれました。今もこの町に流れている鬼怒川は、むかし『絹川』と呼ばれていて、織物作りに不可欠である川があったことも大切な要素です。このあたりはとても歴史のある町で、鎌倉時代から城下町として栄えた背景があります。結城家の居城があった場所なんですね。ですから今も酒蔵、味噌蔵など趣のある町並みが残っているんです。」
奥澤さん「私はもともとこの地で自然に囲まれて育ってきました。中学校からは東京で過ごしたのですが、大学を卒業したあと京都へ移り、着物の勉強を2年程しました。京都では専門店担当で早朝から深夜までとにかく忙しく働いていました。その後、結城に戻ったのですが、今度はすぐ奄美大島に渡りました。この頃は勉強のためあちこち行っていましたね(笑)なぜ奄美大島へ行ったかというと、大島紬の生産現場を勉強するためでした。大島紬も手織り。結城紬も手織り。結城紬は鬼怒川(絹川)に沿った農家の一軒一軒が家内制手工業で織っている。ところが大島紬の産地に行くと何十台と機織り機が並び、まとまった生産体制ができていました。その工場化についての勉強をしました。」
結城紬では手つむぎの反物が仕上がるまでに、織るだけで無地のものだと一反に一ヶ月。絣(かすり)になると前準備の工程も含むと十ヶ月かかる。複雑なものになると、なんと2年かかるものも(!)。製造工程が40以上にも渡り、コツコツと丁寧に作られていく。
伝統工芸士に指定されている織子さんが地機(じばた)で織る結城紬。
機織りは微妙な力の具合で仕上がりが変わってしまう。
繭から糸をつむぐのは熟練の技。
模様に合わせて糸を染めるのに欠かせない「くくり」。
「くくり」は複雑なもので数年もかかるという。
日本民族の宝
奥澤さん「私は全国各地で結城紬のお話をさせていただいています。そういった地道な活動で、結城紬の知名度は広がっているとは思います。ですが販売量としては下がってきている現状もあります。手つむぎの結城紬は手間がかかるぶんお値段も張ってしまいます。モノとしての自信はもちろんありますが、その価値を理解して頂くことがいまの私たちの命題だと思っています。結城紬は日本民族の絹織物の原点なんです。それは言い換えれば日本民族の宝だと思っています。」
奥澤さん「やっぱりなんといっても結城は“糸”ですね。実はこの糸は世界に類を見ないものなんです。シルクでヨリのない糸は世界を見てもほかにないんです。よらないということは空気を含んだ状態を保っているということ。でもよらない糸では織るときにひっかかってしまったり切れたりして今度は織ることができない。ヨリのない糸をどうやって織るかということを結城の人々は考えたんですね。そして糸の状態で小麦粉で糊をすることをあみだしました。ちなみに他の紬産地では布海苔(ふのり)を使います。こうしてヨリのない糸を使うことで、この柔らかで軽い結城紬が織り上がるのです。」
絹の輝きと風合い
普段、呉服屋さんなどで反物を手にしたときに、固くゴワゴワした印象を持ったことがあるがこれは糊がついた状態のためで、これを糊ぬきすると結城紬は驚くほど柔らかな手触りに変身する。奥澤さんがお召しになっていた結城紬(5年程たっているもの)のお着物を触らせていただいたときに、あまりのなめらかさと柔らかさに驚き、つい何度も確かめたほど。
驚いたのはこれだけではない。お蚕様の繭から手つむぎした糸(なんと繭1個で1300mもある)。この糸が少しクリーム色でなんともいえない光沢を放っている。この糸はつむぐ人によってその色や輝きが全く違うものになるという。同じ原料でありながらも手がける人によって仕上がりがまったく変わる糸。それを知ったことで、一糸のひとつひとつがとても愛らしく見える。私自身も結城紬を“知る”ことで、紬への想いがぐんと深くなる体験だった。
奥澤さん「結城紬というのは長く着ることで絹本来の風合いが出てきます。もちろん着れば汚れますから洗いますね。そうして着ていくことで糊もだんだん落ちてきて、最後は糸が本来の真綿(絹)の状態に戻り、絹の艶が出てくるんです。ですから親から子へと代々に渡り着ているかたもいらっしゃいます。そうすることで、ものを大切にすることも伝えられますし、なんといってもモノへの愛情を育むことができます。」 「シルクを着ることは健康にもいいですからね。じつは皆さん私と握手すると驚かれるんです。“女の子の手みたい”って(笑)。シルクに含まれるセリシンというアミノ酸タンパク質が肌にとても良く、化粧品などでも大変話題になっています。」
結城紬に新たな息吹を
奥澤さん「絹の風合いを一番感じて頂けるのが肌にまとうものです。そしてより多くのかたに結城紬の良さを体感していただきたいという想いから、今年の秋に新たなブランド『YUKI OKUJUN』(ユーキ・オクジュン)を立ち上げました。昔ながらの手つむぎで作ると販売価格が10万前後になってしまうため、製造工程に半自動織機を採用するなど工夫を凝らし、絹の風合いを活かしたままでお手頃なお値段に仕上げました。」
その新ブランドの第一弾商品が今回ご紹介しているショール。その手触りはとにかく軽くて柔らか。そして首にふんわり巻くと空気の層が優しい暖かさで包んでくれる。結城紬のプロがなによりこだわったのが真綿(絹)の風合い。この心地良さは他では味わえない。日本の絹100%というのも今ではなかなか手に入りにくいもの。結城紬とのファーストコンタクトには最適なアイテムだ。
結城紬の作り手
奥澤さん「結城紬の職人は、製品として繁盛していれば織り子さんは500人ほどいます。しかし現在は販売量の落ち込みもあり、300人くらいでしょうか。こういう地域に根ざした伝統産業の仕事は70や80歳でもできるんです。これは素晴らしいことですよね。もちろん後継者問題もあります。こういう仕事は賃金や労働条件だけではやっていけません。この技術をどうやって次の世代に繋げていくかという、この時代にいるものとしての使命感や志がないとやっていけません。私もその使命感で仕事を続けています。あとはもちろんこの仕事を好きか。これにつきますね。」
伝統のあるものは、いいこともわるいことも受け継いでいってしまう。それぞれの時代に合わせながらも良いところを引き継いでいくことが自分の仕事だと奥澤さんは語る。
奥澤さん「やっぱり100%シルクというものは化繊と違って繊細なものですから、大切に長く使っていただきたいですね。使い捨てではない日本の文化が宿っているものですから。そういう感覚を日本人として理解して、取り戻していきたいですね。」
日本古来の手作りの良さを持つ国の重要無形文化財指定の「結城紬」を、世界最高の絹織物として後世に伝承し、創る人々と着る人々の間に立ち、真の美を求め、そこに関わる全ての人の幸せを願い、誇りを持って歩んでいる。
奥順株式会社 専務取締役 奥澤武治さん。