オンラインマガジン-日本各地の職人を訪ね、Made in Japanのものづくりの現場をご紹介しています。
お米を一番美味しく食べたいのなら炊きたてが一番。では、お弁当のご飯を美味しくいただく方法は?・・・答えは私たちの身近にある“木”にありました。呼吸をする木はご飯の余計な水分を吸収し内部を適度に調整する。するとお米の艶が出て炊きたてとはまた違う甘み・旨みが生まれる。さらには杉の木の殺菌効果で食べ物が傷みにくくなる。お弁当を作る人の愛情と自然界からの贈り物を職人技で手掛け“魔法のお弁当箱”を作る、大館曲げわっぱ「栗久」六代目 栗盛俊二さんにお話を伺いました。
一流の職人である父の姿
栗盛俊二さんは、父が樺細工職人、伯父が曲げわっぱ職人という環境で育ち、中学の時には家業を継ぐことを決意されたという。10代半ばで職人の道を選んだそのきっかけはどんなものだったのだろうか。
栗盛さん「親父は樺細工を丁寧に作る一級の職人でした。親父の弟は曲げわっぱの職人だったんだけど、一緒に長く仕事をしていくなかで、だんだん別々に仕事をするようになっていってしまった。それで親父が樺細工と曲げわっぱの両方をやるようになったんだけど、そのふたつを両方やるというのはとても大変なことなんですよ。だから自分がその技術を覚えれば、父親が一番喜ぶだろうなと思ってこの道に進みました。」
今回は東京ビッグサイトのイベント会場にお邪魔しました。
大館曲げわっぱの伝統工芸士 栗久の栗盛俊二さん。
同じ秋田県の伝統工芸品である樺細工と曲げわっぱ。曲げわっぱの縫い止めには山桜の皮を用いいる。同じ土地で育まれてきた伝統工芸として、お互いは近い間柄にあるという。
栗盛さん「大館は秋田杉など木材の集積地だったので、豊富に素材があったんだよね。秋田は雪国なので、冬になってそれぞれの仕事ができない期間に木工をやっていたんです。だから樺細工と曲げわっぱに限らず、木工の技術が育っていったんですね。」
山桜の皮で曲げわっぱの縫い止め。職人の手仕事は無駄がない所作が美しい。
受け継がれ、進化する技
樺細工の仕上げ技を曲げわっぱに活かしているということなんですが、具体的にはどんな部分に活かされているのですか?
栗盛さん「実は、それは親父の技なんです。曲げ物っていうのは、もともと生活道具だったこともあって粗雑な作りだったのね。例えば鉋(かんな)にかけただけでエッジがそのままギザギザしているような。それをもっと良くしていこうと、角を取ったりする曲げわっぱの仕上げ作業を取り入れたのが親父でした。」
栗久さんの曲げわっぱ は、角面(かどめん)を取った手になじみやすい円錐形の作品が独特の完全なオリジナル作品。つなぎ目の美しさは他に類をみない仕上がりになっている。こういった創意工夫を重ねていることが、栗久さんの商品にファンが多い理由であり、ひいては 大館曲げわっぱの人気にも繋がっている。
円錐形のお椀は、手なじみも杉の木の香も心地良い。
栗盛さん「ウチの親父はすごいよ。一番覚えてるのがね、中学校に入ったときに言われたことが、デザインの勉強は女性の裸を見ろ、と言われたこと(笑)日用品でもいろんな物の形・・・例えばビールグラスを見てみると、上部から下にかけてふくよかなカーブを描いているでしょ?これはなんで真っすぐではないのか。これは女性の体のラインのように少しカーブをつけているからこそ綺麗に見えるんです。」
「もっと使いやすく」を追求する職人魂
時に冗談を交えながらも、モノづくりの話をするときには笑顔の中に真っすぐな職人のプライドと向上心を感じる。ただ真面目に真っ正面だけから考えるだけでなく、趣味や楽しみのいろいろな角度からインスパイアされて自分のモノづくりに活かしていく頭の柔らかさが必要だと教えて頂いた。
長い年月、曲げわっぱと向き合われている栗盛さん。その心境は年代によってどのような変化があるのだろうか。
栗盛さん「自分は跡継ぎで家業に入ったんだけど、1年ほど経ったときに親父が脳溢血で倒れてしまいました。だから30歳くらいまではとにかく目の前にあることをこなしていくのに精一杯でまさに五里霧中だったよ。僕は26歳で結婚して、子供も生まれたから育てていかなくちゃいけない。だから必死で色々やってみるけど、なかなかうまくいかないことばかりだったなぁ。でもそういう経験から勉強して、いろんな出会いがあって、ひとつずつ形になっていった。
今は60歳すぎて子供も育て終わったから、自分の曲げわっぱをもっと使いやすくするためにはどうしたらいいか、プラスアルファの良さを加えていきたいと思ってます。」
栗久さんではオリジナルの製法として、内底の隅がアールになっている。この加工がしてあることで、ご飯がすくいやすくなり、洗う時もこびりつきが少なくなって断然使いやすくなっている。これは完全にユーザーの立場になって使いやすさを追求している栗久さんの心意気そのもの。
使う場面が想像されたやさしいおひつ。
栗盛さん「底に厚い板を入れて、ロクロでくりぬくんだけど、そのままだと切り口の部分に木口(こぐち)が出てしまい、黒っぽくなってしまう。もちろん用途としての品質には何も変わりはないんだけど、『大館の曲げわっぱは黒くなる』って言われるのは嫌だから、リング状の木を3段重ねて接合してからくりぬくことで木口も出ずにきれいに仕上げています。僕らが作っている工芸品っていうのは生活の道具です。それは時代とともに要求も変わっていく。その要求を形に表すのが職人の仕事だと思っています。」
では曲げわっぱを作る上で、一番大変なのはどんなところですか?
栗盛さん「おひつとかお弁当とか円筒形のものはいいんだけど、すり鉢型のものを作る場合は専用の道具から自分で作らないとできません。だから一番大変なのはフルーツボウルのようなものだろうね。そのための道具はもちろん自分で作ってるよ。職人っていうのは、自分の道具を自分で作れるようにならないと職人とは言えないのよ。」
これからの夢
そんな栗盛さんが将来的にやってみたいのはどんな曲げわっぱですか?
栗盛さん「曲げわっぱは円筒形だったものから、いまは すり鉢型も作れるようになってきた。いずれそれを工夫していけば球面になるじゃない?いつか球面の曲げわっぱを作りたいね。」
いつでも新しい発想と時代のニーズを捉える心を忘れない栗盛さん。明るい笑顔の栗盛さんが作る曲げわっぱは、常に使う人のことを考えた秀逸の作りとデザイン性が高く評価され、経済産業省のグッドデザイン賞(なんと17回も受賞)やロングライフデザイン賞など多数受賞されている。そしてもちろん、これからも栗盛さんは夢に向かって進化を続ける。
400年に渡る伝統工芸「曲げわっぱ」。生活の道具として伝わったその技術を今に伝えたいと、現代の日常生活にぴったりの「曲げわっぱ」をつくり出し、提案し続けている。