樺細工のように自然界の原料から作られるものには、自然の恩恵に感謝する気持がつまっている。角館工芸協同組合では、原料となる山桜の植樹も行なっている。山桜の樹皮が採取できるようになるまでに約30年ほどかかるが、節度ある採取を行なうことで、木はそこから成長し、また採取することができる。
桜の木の皮を使った「樺(かば)細工」は、秋田県角館町にしか伝承されていない唯一無二の伝統工芸品。
春の歓びを満開にさせて咲く桜。寒さはまだまだ厳しい立春の頃、誰もが心待ちにしている特別な存在。そんな桜の木の皮を使った「樺(かば)細工」は、秋田県角館町にしか伝承されていない唯一無二の伝統工芸品。日本はもとより、世界を見ても類を見ないという樺細工はなぜ角館にしか存在しないのだろうか?そして桜の木の皮でありながら、なぜ「樺細工」という名称なのか?そんな疑問を角館工芸協同組合の高島まち子氏に教えていただきました。
古くから城下町として整備された角館の町並み。古き良き情緒が漂う武家屋敷がもっとも美しいとされる春の季節。桜並木が一斉に春の到来を告げ、しだれ桜の桜色が武家屋敷に降りそそぎ、黒板塀に薄紅色の花々がかかる景色はまるで時代を超えてタイムスリップしたかのような錯覚まで楽しめる。そんな角館で古くから伝承されている代表的な伝統工芸品が「樺細工」。
樺細工の不思議-なぜ角館だけに?
はじめに教えて頂きたいのですが、なぜ角館にだけ樺細工が伝わってきたのでしょうか?
高島さん「そもそも角館の樺細工は、江戸時代に武士の手内職としてはじまりました。歴史的に見ると樺細工としては正倉院の御物にも見受けられ、山桜の美しさは万葉集や源氏物語でも詠われています。角館は山に囲まれ、寒さに強い山桜が豊富にあったこと、また政治的にも城主の保護を受け、奨励されていたことによってその技が現代にまで受け継がれてきました。」
角館では籠など日用品として生まれたという樺細工。その魅力はなんといっても自然が生み出した色彩や文様が織りなす美。つまり自然の美を職人が最大限に活かした深い味わいだろう。そんな樺細工の作り方にも歴史を感じさせてくれるポイントがあった。
高島さん「樺細工のおもしろいところでもあるのですが、実は同じ茶筒を作るにしても、職人さんによって手順が違うんです。それぞれに自分のやり方があって、それは各職人によって伝承されてきたものなんです。」
山桜が原料なのに、なぜ「樺細工」?
樺細工は武士の手内職だったことから、それぞれの職人で手順が異なることは、「家系」を大切にしてきた武家のしきたり、一家伝承の名残なのかもしれない。ひとくちに伝統工芸品と言っても、その伝わり方は成り立ちによってさまざまで、そういうところから歴史を推測するのも、伝統がある物にしかできない楽しみ方のひとつだ。ではもうひとつの疑問、なぜ山桜の皮を使っているのに「樺細工」と呼ぶのだろうか?
高島さん「語源に関しては諸説ありますが、もともとは万葉集の山部赤人の長歌に辿ることができます。ここでは山桜を【かには(迦仁波)】と表現していますが、これがのちに【かば(樺)】に転化したものと言われています。さらに遡ると、アイヌ語で桜の木の皮のことを【カリンパ】といい、これが【かにわ】→【かば】となったのではないかと言われています。」
名前の由来、成り立ちの歴史。これ以外にも日本で唯一、山桜の木の皮を使った工芸品として江戸時代中期(1781年~1788年)から角館に伝わっているという固有の文化。樺細工が角館にのみ伝承された理由は、これら様々な要因が重なりあって生まれたものなのだろう。
高島さん「昭和に入り、戦乱によって樺細工職人も少なくなってしまった時期、《民芸運動》を提唱した柳宗悦が樺細工について『日本固有のもので他国ではあまり見られない』『日本の木である桜が使われている』と賞賛し、自宅を開放して全国の職人たちに技術の講座を開きました。このとき東京の柳邸に樺細工の職人も数名招かれ、陶芸の濱田庄司氏、染紙作家の芹沢けい(金へんに圭)介氏、板画の棟方志功氏などと交流を深めました。こういった動きや職人による地道な活動で時代の波を乗り越え、昭和51年には秋田県で最初の伝統工芸品に認定されたんです。」
唯一無二の伝統産業の現在
数百年の積み重ねを経て、今も多くのファンを魅了する樺細工。自然物が相手だけに原料となる皮の表情もひとつひとつ異なる。長い経験が必要とされる職人の現在の生産現場についてお聞きした。
高島さん「現在、樺細工職人は120人ほどいます。以前は300人ほどいましたから少なくなってはいますね。いま中心になってやっている職人さんは50代から60代の方ですが、組合では若手の育成事業も20年ほど行なっています。ここでは5年間、師匠のところでマンツーマンで修行して卒業し、独立します」
2005年6月、JAPANブランドの支援を受け、プロジェクトは大きく前進をはじめる。しかしこの段階ではデザイナーも未定。決まっていたことは6ヶ月後の12月には完成品を提出しなければならないということだった。
黒板塀にしだれ桜がふりそそぐ角館の町並み。
樺細工はひとりの職人が一貫して作ります。
「無地」の表面は磨き上げられたツヤが魅力。
「チラシ」の表面は自然の表情を活かした仕上がり。
日本の文化を大切にする心
角館工芸協同組合では、原料となる山桜の植樹も行なっている。山桜の樹皮が採取できるようになるまでに約30年ほどかかるが、節度ある採取を行なうことで、木はそこから成長し、また採取することができる。自然の恩恵を大切にし、また、職人の積み重ねた手技の経験を駆使し真心を込めて作り上げたのがこの樺細工の名刺入れ。渋い風合いは使い込む程に光沢が増し、手にしっくりと馴染む心地良さは、広く内外にファンがいることにも うなずける。
高島さん「樺細工の魅力は『磨くとツヤが出る』『防湿・防乾に優れている』など色々ありますが、やはり今の時代だからこそお伝えしたいのは、伝統工芸品はメンテナンスしながら長く使えるということです。例えば最近のライフスタイルでは、急須や茶筒はいらないという人も増えていると思います。しかし日本文化のなかで長年使われてきた道具には考え抜かれたフォルムや日本の風土に寄り添った使いやすさがあります。こういった道具を通して日本の生活文化を改めて大切にしていただきたいですね。」
私たち日本人が大好きな桜。その花は春の短い間しか愛でることはできないけれど、樺細工の品を手元に置いておけば、いつでも桜を感じることができる。これから新生活を始めるあの人へ、桜とともに過ごす歓びを贈るのも粋なプレゼントだろう。
角館工芸協同組合
樺細工の振興と普及の為の事業を展開。特にメーカーとして製造工場を持ってオリジナル品を生産している。
この記事は、2010年にTHE COVER NIPPONのオンラインマガジン「Nipponと暮らす」として掲載した記事を再編集したものです。