薄氷(うすらい)
春浅いころの薄く張った氷のことを「薄氷(うすらい)」と言い、旧暦では 立春を迎えたこの季節から新年がはじまります。早春のやわらかな日があたっている池の薄氷は、「白磁」を思い起こさせます。
今回は そんな薄氷のような、静かにそして凛とした 嘉久正窯(かくしょうがま)の白磁のうつわをご紹介します。
白磁のうつわ
私は 無類のうつわ好きです。
毎日の暮らしの中で、何気なく使っているうつわ。それは人のそばにいて、日々の食卓を支え、毎日のささやかな食事の時間の積み重ねを、かけがえのない時間にしてくれます。うつわを愉しむことは、暮らしのひとつひとつを慈しむことでもあるように思えるのです。
なかでも、上絵を施さず、そのものの美しさを引き出す「白磁」に惹かれます。白磁の白はただ白いのではなく 様々な表情があり、その中に凛とした潔さがあります。そしてやわらかな透明感のある白は、まるで森の静寂にも似ていて、すべてを包み込んでしまうかのようです。
このうつわは、江戸期の作品を現代に復刻しました。三川内焼では「無地のうつわ」を「太白手(たいはくで)」と呼びました。磁器の産地では、江戸時代の誕生以来、藍色の文様が描かれているのが自然で、真っ白なやきものは、素地だけで勝負する特別なものでした。洗練された風情、優雅な佇まいのこのうつわは、陶工が「白」の美を追求した、そんな時代を思わせる、緊張感のあるうつわとなりました。
春の訪れをことほぎ、日々の暮らしを慈しむ、そんなうつわです。
三川内焼(みかわち)とは
400年の歴史をもつ三川内焼。江戸時代には平戸藩の藩主のための器や献上品をつくる「御用窯」として、篤い保護のもと採算を度外視したような繊細なやきものを残しています。幕末から明治・大正・昭和初期には、ヨーロッパへの輸出のための洋食器や宮内庁御用達の食器など、一時代の工芸を象徴した存在でした。そして、純白の白さを誇る三川内焼の白磁。ほかのやきものにくらべて抜きん出ているといわれる滑らかな白さは、針尾島の陶石と天草石を混ぜて調合し、生み出されたといわれています。そして、呉須(ごす)と呼ばれる藍色の染料で描かれる「染付」。白い肌に澄んだ青い色で描かれる独特の染付は、濃みの濃淡で立体感や遠近感を表現し、「まるで一枚の絵のよう」と評されるほど。繊細優美な染付を生み出す技と心は今日の三川内焼に受け継がれ、人々を魅了し続けています。