1300 年の伝統に生きる美濃和紙
なだらかな山々に囲まれ、水清らかな長良川や板取川が流れる美濃市。和紙の原料である良質の楮(こうぞ) が多く取れ、豊かな自然の恵みとそこに住む人々の知恵と工夫によって美濃和紙は生まれました。美濃和紙の紀元は、およそ1300年前、天平9年(737年)ころ。奈良時代の「正倉院文書」の戸籍用紙が美濃和紙であったことが記されています。
和紙の生産に必要なものは、原料である楮、三椏、雁皮がとれること。そして良質の冷たい水が豊富にあることです。美濃は、その二つの条件を満たしており、しかも都にも近かったため、和紙生産地として栄えました。民間でも広く美濃和紙が使われるようになったのは、室町・戦国時代の文明年間(1468 ~ 1487年) 以後、長良川を利用し、近江商人の手で、美濃の和紙は広く国内に知られることとなりました。
洋紙は100年、和紙は1000年
和紙と洋紙では紙の耐久性に大きな違いがあります。木材パルプとインクを使用した洋紙は、多くの薬品を使い、ほとんどが酸性であるため、100年も経つと黄ばんでボロボロになってしまいます。日本で漉かれた紙で最も古いものは、正倉院に保管されている、大宝2年(702年)の日付のある美濃、筑前、豊前で作られた戸籍に使われたものです。和紙は天然の植物繊維を、漉くことによって繊維を絡ませることができるため、強靭で保存性に富んでおり、天然素材で地球に優しく、美しい和紙は、世界からも注目されています。
岐阜提灯
岐阜提灯の起源は宝歴年間に岐阜の提灯屋十蔵が尾張藩に上納したのが始まりとされています。美濃地方の豊富な竹と、薄くて丈夫な質の高い美濃和紙を主材料に秋草や風景等を描いた優美な火袋が特徴で、伝統的に受け継がれた高度な技法による完成度の高さと美しさを合わせ持った提灯として全国にその名を馳せています。吊り下げ形の「御所提灯」と、据え置き形の「大内行灯」や「廻転行灯」があり、お盆や納涼用に広く利用され、季節感と明かりを灯した時の優雅な風情で。